借金はいくらあったのか?完済の記録

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アクト
アクト

こんにちは。最大2千万円の借金を学歴、職歴なしでアラフィフから返済。現在資産2千万円形成に挑戦しているアクトです。

ぢゃい子
ぢゃい子

アクトって借金の総額っていくらあったの?そもそもなんだけど…

アクト
アクト

実は正直はっきりとは分からないんだよね。。。

借入れが膨らんだ時には、銀行や金融公庫からの借入れや、クレジットカードのキャッシングとリボ払い、アコムやレイクなどの信販系、銀行カードローンからも借入れをしていたし、税金や社会保険料の支払いも滞納状態になっていたんだよね。

膨らんだ借金の内容

あまりはっきり覚えてないです(苦笑)。自己管理の足りなさが諸悪の根源ですね。当初は国民生活金融公庫、みずほ銀行からの事業融資が合わせて600万円ほどでした。

その借入金を溶かしてしまってからは、クレジットカードのキャッシング、リボ払い、アコムやレイクなどのキャッシングローンなど様々な借り入れ、まさに多重債務状態です。借入総額は1千万円を超え、さらに滞納している税金や保険料合わせて支払った利息や延滞金を加算すると2千万円は超えていた状態かと思います

借入総額は1千万円を超え、さらに滞納している税金や保険料合わせて支払った利息や延滞金を加算すると2千万円は超えていました

アインシュタインが世紀の発明と呼んでいた複利に地獄のように絡みつかれて抜け出せない状態でした。 雪だるま状態で借金が膨らんでいっていましたね。

借金の内訳

  • 国民生活金融公庫
  • みずほ銀行
  • アコム
  • レイク
  • 新生銀行
  • クレジットカード3社
  • S銀行カードローン
  • 国民健康保険
  • 住民税
  • 法人住民税
  • 国民年金

怪しい金融業者にはご注意を!

ぢゃい子
ぢゃい子

こんなに借金があったの?!

想像するだけで、クラクラする。。。

アクト
アクト

こうやって書き出してみてもなかなかヤバい状態ですね。。。ノンバンク系の融資には手をつけませんでしたが、藁にもすがる思いで業者に連絡をしたところ、電話に出た途端に会社の住所や電話番号など根ほり葉ほり聞かれたことがありますよ。

ぢゃい子
ぢゃい子

連絡が来たりするの?

アクト
アクト

怪しい融資のお誘いがSMSやハガキでしょっちゅう届くようになりましたね。

勝手にリストに載せやがってって感じです。。。

皆さんもくれぐれもご注意ください。

超低金利をうたって宣伝などを行う金融業者にはそもそも低金利でも貸付を行うつもりは毛頭ない場合が多いです。

審査の結果うちでは融資ができないけれど。。。」など理由をつけて高金利かつ取り立ての厳しい融資へと誘導されたり、上記のように業者間での見込み客リストに掲載されてしまうこともありますので、くれぐれもご注意ください。

そのような業者からの借り入れしか出来なくなっている場合はもう、自己破産や任意整理などの債務整理を検討する時期です。結果として所謂ブラックリストに載ったとしても、違法もしくは違法すれすれの業者に捕まるよりは間違いなく傷は浅くて済みます。

発端は2011年だった。

アクト
アクト

事業を起こし法人化したのが2011年。そうあの東日本大震災が起こった年でした。これがその年の決算はこんな感じです。

売上高:7,633,711円

営業損失:5,865,844円

純損失:4,940,627円

アクト
アクト

初年度から大出血ですね。

ぢゃい子
ぢゃい子

そもそも何でそんなに借金ができたの?

中卒ミュージシャンでも公的融資を受けれた

アクト
アクト

自分はもともとミュージシャンだったんですね。高校を中退してから上京してバイトをしながらバンド活動とかやっていまして、ずっと海外で活動することに憧れをいただいていました。

19歳で初めて海外へ行き、バックパックで3ヶ月インドとネパールを放浪していました。

中学生の時から沢木耕太郎氏の「深夜特急」が大好きだったこともあり、次は無期限でアジアからヨーロッパまで旅をするぞ、ヨーロッパで音楽活動をするぞ!というのが当時の僕の目標であり、夢でした。

このへんの話はまた別の機会にするとしまして、実際に20代のほとんどは海外で暮らしました。音楽活動もやりました。

ギリギリだけどそれで食っていました。

30過ぎで帰国をして、新しい作品作りをするためにヨーロッパで一緒に活動をしていた仲間を日本に呼んでレコーディングをしようというのがまず第一の大きな借金。

約300万円を国民生活金融公庫から年利2%ほどの低金利で借入れしまして、4カ国からミュージシャンを呼んで、都内のスタジオでレコーディング。

数本のライブを行って自身の2枚目のアルバムとしてリリースしました。確か採算分岐ラインが2000枚の売上くらいだったんですが、未達。

製作開始からリリースまでには1年くらいの時間がかかりますが、その期間もほとんどミックスやリリース、流通元の開拓や調整を行っていたので、ろくな収入はありません。

借金

それから数年後、金銭体質が脆弱なまま、これまで個人事業で行ってきた仕事を法人化することになりました。

きっかけは結婚。数年付き合っていた妻も個人事業主で、確定申告などのお金周りが得意ではなかったので、法人化して二人の事業を一本化することにしました。

「資本金てなに?」みたいな状態にもかかわらず、再度金融公庫へ、新規事業として事業計画を出したところ前回の300万円の返済もバイトをしながら滞りな行っていたので、400万円の追加融資が決定。更に当時居住していた東京都区の制度融資を利用して、1%未満の超低金利で200万円の融資を受けることができました。

法人化してまずやったこと

ぢゃい子
ぢゃい子

アクトの過去ってミュージシャンだったんだ!意外すぎる展開。で、法人を立ち上げてどうしたの?

アクト
アクト

海外に行きました!

ぢゃい子
ぢゃい子

え?お金借りて海外旅行?

アクト
アクト

旅行というか、視察というか。。。のちに自分を大いに助けてくれることになる事業との出会いがあったので一概に無駄ではなかったですよ。

ぢゃい子
ぢゃい子

いくらくらいお金を使ったの?

アクト
アクト

妻と二人で100万円以上のお金を使ったので、決して褒められた行動ではなかったですね。

今の自分ならそのようなお金の使い方は絶対にしません。

帰国してからは、海外で得たアイデアを具体化するために動き始めました。

WEBサイトの製作も当時は今のように安価で優れた開設ツールなどもなく、製作会社に依頼して作成してもらうのが一般的でした。

知り合いがデザイン事務所を運営していたこともあり、新規サイトの開設やリニューアルにも100万円以上のお金を使いました。そもそも直接的にキャッシュフローを生み出さない物に大金を投じてしまったことは今からすると正しい選択ではないですね。

今はいろんなことが無料でできる良い時代だと思います。

その投資は本当にお金を産むのか、産むとしたらどれくらいの期間で回収できるのか、お金をかけずに同じ結果を求めることはできるのかなど、徹底的に考える癖がついたのは当時の痛い経験からです。

そして長い借金トンネルが始まった。

そうやってキャッシュを溶かしていきながら、いろいろな企画やアイデアを実現していこうと思っていたのですが、時は東日本大震災の発生前後。

予定していた集客などには遠く及ばず、でも自分にはアグレッシブに前に進んでいくしか当時は思いつきませんでした。

起死回生を計ってイベントなどを行っていくのですが、結果は常に良くてトントン、場合によっては更に負債を背負うことにもなり、蟻地獄のような状態にズルズルと引き込まれていくのでした。

結果は全て自分の経験不足や認識の甘さがもたらしたもので、決して大震災という外的要因が原因ではありませんでした。おそらく大震災が起こってなくても遠からず苦しい状況には陥っていただろうと思います。

アクト
アクト

しかしその代償は長い長い借金地獄のトンネルへと続いていくのでした。。。

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